『「がん」では死なない「がん患者」』ー栄養障害が寿命を縮める
という本を紹介します。
この本は、がん治療に携わる現役医師である東口高志先生が、科学的根拠にもとづいて「がんと栄養」の視点から、健康を守るために私たちができる栄養対策について、わかりやすく伝えてくれている一冊です。
医療の現場で、患者さん一人ひとりの「栄養状態」と真摯に向き合ってこられた東口先生。
その知見をもとに、医療の現場で見過ごされがちな課題や、「GFO」や「インナーパワー」といった栄養補助食品、そして褥瘡(床ずれ)を防ぐための栄養管理、栄養学の基礎的な知識まで、さまざまな角度から学べる内容になっています。
これはがんに限らず、健康や栄養に関心のあるすべての人に知っておいてほしい情報だと思います。
治療の現場で見落とされがちな「栄養」という視点
著者の東口先生は、長年がん治療の現場に携わる中で、あることに気づきます。
それは、「医療の世界では、がん患者の栄養状態があまりにも軽視されている」という事実です。
たとえば手術や抗がん剤治療を受けると、患者さんの体は大きなストレスを受け、エネルギーやタンパク質を多く消耗します。
にもかかわらず、栄養指導が十分に行われないまま退院してしまったり、
「とにかく食べられるものを食べてください」
という曖昧なアドバイスしかなかったりすることが少なくありません。
その結果、患者さんは痩せ、体力を失い、免疫力が下がり、治療の継続が難しくなっていくというケースがとても多いといいます。
著者は、がん治療の成否は「手術や抗がん剤だけ」ではなく、「治療後にどう体を立て直すか」にもかかっていると語ります。
つまり、体が治る力を最大限に引き出すために「栄養」が回復の鍵を握っているという考え方です。
「ガンでは死なないガン患者」とは?
「がんで亡くなる」と聞くと、多くの場合は「がんそのものが命を奪う」と思いませんか?
しかし、本書で明かされているのは、
「多くのがん患者はがんではなく栄養障害や感染症で亡くなっている」
という事実です。
本書によると、がん患者の約8割は、誤嚥性肺炎や敗血症といった感染症で亡くなっているのだそうです。
その感染症の背景には、深刻な栄養障害が潜んでいるといいます。
栄養が足りないことで免疫力が落ち、体が細菌に対して脆弱になり、ガンが直接命を奪ったわけではないけれど、結果として命を落とす…。
とはいえ、本当の終末期には、身体は栄養を受付けなくなることは確かではあるものの、すぐにそうなるわけではない。
つまり、適切な栄養管理さえされていれば、もっと長く、もっと穏やかに生きられる可能性があるということです。
「がんが進行すれば栄養障害になるのは仕方ない」と考える人もいるでしょう。
しかし、著者の調査によれば、
栄養障害に陥ったがん患者の82.4%は、適切な栄養管理をしていなかっただけである、
としています。がんそのものの進行でどうしようもなかったのは、わずか17.6%だったのです。
これは、がん医療における「栄養管理」の重要性が見過ごされていることを意味しています。
本書の中で、
「入院するときは自分で歩いてきたのに、退院するときは歩けず、車椅子やストレッチャーで運ばれていく人がいる」「自宅に帰れず、別の病院へ転院せざるをえない人もいる」といった事実に対して、
「身体を大きく傷つける治療をしたのだから仕方がない」と片づけられてしまうことが多いけれど、
「本来は、歩いてきた人は歩いて帰るのが当然だ」
と述べられています。
実際に、適切な栄養管理を行うことで、褥瘡で苦しんだり肺炎などの感染症で亡くなる人が大幅に減ることが立証されています。
残念ながら亡くなってしまった場合でも、苦しんで亡くなるケースはほとんどなくなり、笑顔のままスッと息を引き取ることも大きくなったのだそうです。
がん細胞は体を「溶かして」増える
ところで、がんはただ腫瘍として存在しているだけではありません。
がん細胞は「栄養泥棒」です。
自らの細胞が生き残るために、糖、たんぱく質、脂質といった三大栄養素を異常な形で消費し、代謝を乱し、筋肉や脂肪を破壊していきます。
そのため、がん患者は痩せ細り、あるいはむくみを伴い、衰弱していくのです。
栄養を入れようが入れまいが、がんが育ってしまう時には育ってしまう。
にも関わらず、「栄養を与えるとがんが育つ」といった誤った理解から、医療現場では栄養管理が後回しにされることが多いといいます。
ガンになっても身体をを弱らせないためにはどのような栄養を摂れば良いかが大事であるということが強調されています。
術後の腸を守り体の回復力を高める
本書で興味深いのは、がんの治療中・治療後における「栄養」の重要性にも焦点を当てている点です。
実際に、術前・術後の栄養補給が手術の予後を大きく左右することも、豊富なデータとともに解説されています。
また、注目すべきは、経口で栄養をとることの重要性です。
同じ栄養素を静脈から与えるより、口から摂るほうが筋肉量や体力の回復が圧倒的に早いことがわかっています。
なぜなら、口から食べるという「自然な行為」は体にとって一番ストレスがなく、消化管を刺激し、免疫力を高めるからです。
手術後少しでも早く消化管を使って栄養を摂ることで、小腸粘膜の萎縮を防ぐことが非常に重要となります。
小腸の粘膜が萎縮すると、免疫機能が低下して、小腸の中にあった細菌や毒素が全身に回りやすくなります。
(細菌や毒素が回ってしまうことを「バクテリアトランスロケーション」と言います)
東口先生は、術後や治療中の患者さんが「少しでも確実に必要な栄養を取れるように」と、独自に栄養補助食品を開発しました。
それが「GFO」(グルタミン・水溶性ファイバー・オリゴ糖)です。
「GFO」に含まれる3つの成分:
-
グルタミン
小腸の上皮細胞の主要なエネルギー源であり、傷ついた腸粘膜の修復に重要な役割を果たします。 -
水溶性食物繊維
腸内細菌のエサとなり、腸内環境を整える。便通の改善にも効果が期待できます。 -
オリゴ糖
善玉菌(特にビフィズス菌)の増殖を助け、腸内フローラを健全に保ちます。
この組み合わせは、腸を通じて免疫力を支える設計になっており、実際に入院患者への術後回復支援としても使われています。
ちなみにGFOは、薬ではなく「食品」であるため、誰でも手軽に取り入れることができます。
抗がん剤治療のダメージを和らげる栄養とは
抗がん剤治療は、かなり侵襲の大きい治療法です。
がん治療には手術・抗がん剤・放射線治療などがありますが、それを支える土台が「栄養」です。
従って、栄養状態を良くしておけば、治療の効果も上がり、副作用にも耐えられる体がつくれます。
本書では、抗がん剤からのダメージを補い、身体を弱らせないために特に重要となる栄養素として、抗酸化作用のあるコエンザイムQ10、ビタミンA、C、E、亜鉛などを挙げています。
抗がん剤の副作用として頭髪が抜けてしまうことへの対策としては、アルギニンやクエン酸が有効であるとしています。
もちろん、栄養の基本となるタンパク質や、ビタミンB群・ミネラル全般も充分に補う必要があることは言うまでもありません。
がんで起こる「サルコペニア」を防ぐ
「サルコペニア」とは、筋肉の量が減り、筋力や身体機能が低下してしまった状態です。
サルコペニアは、加齢や栄養障害、運動不足、病気などによって起こります。
悪化すると、自分で自分の身体を支えることができないので、歩くこともできないし、自分でご飯を食べることもできないし、痰も出せないし、トイレにも行けない、、
となると、生きる意欲が失われてしまいます。
がんは体内の慢性炎症がある状態なので、適切な栄養管理をしないと、じわじわとタンパク質が消費されていき、あっという間にサルコペニアになってしまいます。
病気の有無に限らず、ご飯と漬物だけ、とか、パンだけ、といった食事の人もサルコペニア予備軍であると言えるでしょう。
サルコペニアを防ぐために特に重要なのは、
・良質なタンパク質・BCAA(アミノ酸):筋肉の崩壊を防ぐ
・Lカルニチン・コエンザイムQ10:エネルギーの元になる脂肪酸が使われやすくなる
・ビタミンB群やミネラル:エネルギー産生を活性化する
・クエン酸:体の倦怠感を防ぐ
といった栄養素です。
こういった栄養素を効率よく摂るために、東口先生は「インナーパワー」と言う栄養剤を開発され、とても高い成果が出ているようです。
(「GFO」や「インナーパワー」は、大塚製薬の公式通販から購入できます)
また、筋肉を維持するためには食事に加えて運動をすることも、とても大切であることも忘れてはいけません。
褥瘡(床ずれ)の悪化を防ぎ、早く治すためにできること
「褥瘡」は医療従事者にとって院内感染と並ぶ悩みの種であるといわれています。
褥瘡は一旦できると治りにくく、特に高齢者では入院中に褥瘡を発症してしまうケースがとても多い。
しかしこれも、栄養管理をしっかりと行えば、撲滅できるはずだと述べられています。
栄養状態がよく、筋肉や脂肪がきちんとついていれば、多少寝ている時間が長くなって組織が圧迫されても血流が悪くなることはないけれど、栄養状態の悪い人ほど褥瘡ができやすくなってしまう。
褥瘡の予防と回復のために特に必要となるのは、以下の栄養素であるとしています。
・アルギニン:細胞増殖に関わり傷の治りを高めるアミノ酸。
(アルギニンは身体の回復のためにとても重要なアミノ酸ですが、重度の炎症があるときはあまり投与しない方が良いとも言われています)
・ω3系脂肪酸:魚油などに多く含まれる脂。細胞を丈夫にする・炎症を抑える
・ビタミンやミネラル。特にビタミンCや亜鉛
・腸を元気にして免疫力を高めるための栄養(グルタミン・水溶性食物繊維・オリゴ糖)
こうした考え方は、まだ医療現場でも十分に浸透しているとは言えないのが現状です。
しかし、「高齢の患者さんに褥瘡ができるのは仕方ない」と諦めるのではなく、
褥瘡を予防し、改善するための具体的なアプローチは確かに存在するのです。
まとめ
この本の中では、特定のスーパーフードや特別なサプリメントを勧めるような記述はありません。
「〇〇を食べればがん治る」といった極端な話ではなく、医学的根拠に基づき、現実的に続けられる栄養管理の提案であり、重視されているのは、「体が本来持っている回復力や免疫力を引き出す」ための基本的な対策です。
これまでお伝えしてきた視点は、がんに限らず、あらゆる慢性疾患や手術後の回復期、また、これからも元気に過ごしていきたい全ての人に共通する話ですよね。
私たちは医療にすべてを任せがちですが、自分でコントロールできる「栄養」という領域に、もっと意識を向けることが大切なのではないでしょうか。
本を読めば、もっと深い内容を知ることができますので、興味を持っていただいた方はぜひ一度、東口先生の本を手に取ってみてほしいと思います!